五代目ご挨拶

柊屋新七

柊屋新七

ようこそ。おこしやす。 京都の黒染屋、柊屋新七 五代目を襲名いたしました。馬場 麻紀でございます。創業明治三年より代々受け継ぎ五代目をさせていただくことになり、責任を感じながらも周囲の方々に支えられている事に幸せを感じながら日々頑張っております。 一つのことを成し遂げる難しさと、物作りの楽しさと、出来上がった感動を直接お客様から聞ける喜びに感動をしながら、毎日励んでおります。

小さなころから父の染めている姿を見ていた私が、自分が工場に入って染めるとは思ってもいませんでした。 知らない間に体と心が良い染めをしたいと工場に入り、気がつけば、お客様の喜びが自分の喜びにかわっていました。 家を継ぎ、仕事ができる環境と設備を残してくれたご先祖様に感謝しながら日々精進しております。 少しでも皆様のお役に立てられるように頑張りたいとおもいます。

よろしゅう おたのもうします。

馬場 麻紀

プロフィール

この仕事を始めたきっかけは、高校の家庭科の授業の時。
「オリジナルのデザインで服を作りたい。」と申し出た時に「そんな ことがやりたかったらデザインの学校に行って自分で勉強しなさい」と言われたことかもしれません。

その後、上田安子服飾専門学校に進学。コンテストのメンズ部門で最優秀賞を取るなどしました。ファッションデザイン科を2年終了後、デザインの基礎となる生地から学びたく思い、テキスタイルデザイン科に進学。

生地の魅力に取り憑かれたのは、新井淳一さんの展示会に行った時のこと。その場所から「離れたくない」という衝撃を受けました。生地の展示会なのに見ているだけで涙が止まらなくて背筋がゾクゾクしたのを覚えています。生地の作り方など全く知らなかった私の質問に新井さんは丁寧に教えてくださいました。私は生地についてたくさん勉強したくなり、さらに自分で洋服の元となる生地から作りたく思いました。

卒業後テキスタイルデザイナーとして、ワコール、レナウン、ライカ、など大手アパレルメーカーの協力会社で、柄のデザイン及び生産管理まで行っておりました。

小さな頃から物を作るのが好きだった私は、たくさんの小物や洋服を作りました。
決して上手とは言えないものもあったのですが、父は私が作ったマスコットをぼろぼろになるまで大切に持っていてくれた喜びは今でも忘れません。
人のために造る喜びを知り、時には友達の結婚式のウエディングドレスまで作って喜んでもらえる顔を見ては自分自身が喜んでおりました。

家が黒染屋の染工場、明治3年創業と歴史があり4代目の父の後を継いで、5代目をさせて頂く事になりました。1代目は「黒染」。2代目は「藍染」をしていたのですが、時代の流れからもう一度三代目が「黒染」に戻しました。黒の色を極めたのが4代目。私は着物も染めておりますが、洋服の染め替えをしようとおもいました。それと同時に「洋裁ができる技術を生かした物つくり」「テキスタイルのデザインを活かした黒色にこだわったもの造り」と考えました。今、洋服を黒に染替える黒染めと、京都家紋体験工房をしております。漫画などのコラボ商品も手掛けております。

宿命なのか家が黒紋付の工場でしたので、生地を染める大変さは見て覚えておりました。黒にこだわり続けた父の意志を継ぎ、私も黒にこだわった物を作っていけたらいいと考えております。

商品を作るときは、「この商品を買っていただいた方が喜んで使っていただける」ということをいつも念頭に置き「どんな形で使用していただけるのだろう」と楽しみながら製作しております。

  • この商品を手にされた方が、いつも身につけて自慢できるような作品
  • この作品がきっかけで話題が出来て、人と人とのつながりが出来るような作品
  • 無言でおしゃれをアピールしたい方にさりげないおしゃれの第1歩として後押しできるような作品を作っていけたらと考えております。

柄は無限大にありその線1本で絵の表情はまるっきり違うものになります。
いかにシャープな線を書けるのか、作りたい生地に対してきれいな絵を見せられる線の太さなのか、形に対しての大きさ、前に出過ぎない色、風合いなど追求すればこれ以上難しく楽しいものはありません。